医師の労働時間・残業代・退職
勤務医の労働問題には、長時間労働、残業代の未払い、退職時の引き留めなどがあります。これらは同じ勤務先で生じる問題ですが、適用される法律や、解決のために必要な対応は異なります。ここでは、それぞれの問題を区別しながら、基本的な考え方を説明します。
長時間労働と医師の働き方改革
平成28年度の医師の勤務実態調査をもとにした厚生労働省の集計では、週の勤務時間から年換算した時間外・休日労働が、現在のA水準の上限である年960時間を超える水準の病院常勤医が約4割とされています。こうした長時間労働を背景として、2024年4月から医師にも時間外労働の上限規制が適用されています。もっとも、上限が設けられても、実際に働いた時間が労働時間として把握されなければ、その規制が十分に機能しません。当直や自己研鑽として扱われる時間の実態は、この点でも問題となります。
出典:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」(平成31年3月)/厚生労働省「2024年4月までの医師の働き方改革 手続きガイド」(2023年4月)
労働基準法の適用と例外
病院の指揮監督の下で勤務する医師には、労働基準法が適用されます。ただし、宿日直許可の範囲内で行う勤務には、労働時間・休憩・休日の規制が適用されません。一方、上限規制の対象となる時間外・休日労働については、A水準の年間960時間など、一般の労働者とは異なる上限が設けられています。
ここで区別する必要があるのは、労働時間に関する規制と、賃金の支払義務です。宿日直許可があっても、通常の勤務と同様の業務を行った時間には、必要な割増賃金を含む賃金の支払いが求められます。また、上限規制の範囲内の勤務であることから、残業代が不要になるわけでもありません。
出典:厚生労働省「医師、看護師等の宿日直許可基準について」(令和元年7月1日)
残業代の未払い
法定労働時間は原則として1日8時間・週40時間であり、これを超える時間外労働には25%以上、月60時間を超える部分には50%以上の割増賃金が必要です。深夜労働(22時〜翌5時)には25%以上、法定休日の労働には35%以上の割増率が適用されます。
医師の給与では、宿日直手当や年俸に残業代を含めて支払っていると説明されることがあります。その場合には、何に対する支払いなのかを区別した上で、実際の労働時間から算定した額と照合する必要があります。残業代の消滅時効は現在、各給与の支払期日から原則3年ですので、未払いが続いている場合は、古い給与から順に時効が問題となります。
未払い残業代の請求方法
請求に当たっては、雇用契約書や給与明細から賃金の定めを把握し、当直表や勤務記録などから労働時間を整理します。その上で未払い額を算定し、病院との交渉による解決を目指します。病院側にしかない労働時間の資料については、受任後に開示を求めますので、相談の段階ですべてが揃っている必要はありません。交渉で合意に至らないときは、争点や証拠の状況に応じて労働審判・訴訟を利用します。各段階の説明は「手続きの流れ」に掲載しています。
退職の申入れと引き留め
退職を申し出た際に、「後任が見つかるまで辞められない」「医局の了解が必要だ」と説明されることがあります。しかし、期間の定めのない雇用であれば、法律上は、退職の申入れから2週間の経過によって雇用が終了します(民法627条1項)。後任の確保や医局の了解が、当然に退職の法的条件となるわけではありません。まず、雇用契約に期間の定めがあるかどうかを区別する必要があります。
退職の意思表示と残業代請求
退職の意思は、いつ、どのような内容を伝えたかが後に問題とならないよう、書面で明確にしておくことが適切です。また、退職後も在職中の未払い残業代を請求できますが、時効は退職日ではなく、各給与の支払期日から進行します。退職前に確保できる勤務記録や時効までの期間を踏まえ、退職の申入れと残業代請求をどのような順序で進めるかを整理します。